はじめに
 抑うつ状態を客観化する手法は、現在まで自己記入方式の心理検査が繁用されている。しかしながら、従来の数量化法には、被験者の恣意的操作が検査結果に反映されかねない側面を有する。そこで今回は、精神内界における心理的ストレスの有無を、より客観的に評価する目的で、自律神経の活動状態を表示するホルター心電図の三次元画像(以下3DSTと略)を用いて視覚的評価を試みた。

対象・方法】
 対象は、精神状態像と自己評価式抑うつ性尺度より、抑うつ状態と判断された4例である。ホルター心電図の解析は、自律神経活動に影響を及ぼす外因性要因の少ない午後10:00より翌朝6:00までの連続8時間を標本時間とした。周波数領域では、副交感神経により修飾された交感神経活動の指標とされる低周波数成分(LF)、副交感神経活動の指標とされる高周波成分(HF)、およびLF/HFについて分析した。なお、抗うつ剤は、症例2を除く3例に対して選択的セロトニン再取り込み阻害剤を投与した。

【結果】
 心的外傷を契機に発症した抑うつ神経症(症例1)、被害妄想が顕在する統合失調症(症例2)は、3DSTの心拍変動パターンの性状に明らかな差異が視認された。かかる3DSTの視覚定性に関する定量評価において、症例1の場合、夜間帯に高振幅化すべきHFは、LFより低値であり、且つ、LF活動動態に対する拮抗能にも乏しく、LF/HF2.91の成績が得られた。一方、症例2は、LF/HF0.21とHFがLFより優位で、両成分の時系列検討にて、sympathovagal balanceを反映した鏡像様形状を呈するなど、症例1に比較して対照的成績が得られた。症例2の場合“周囲から見張られる、噂される”という異常体験が15年間続いており、2003年5月には、不安焦燥感が再燃、その対応策としてMecobalaminを複数回に渡り投与した。その結果、本剤投薬後は、placebo効果による内的不穏の改善が反復して確認された。つまり、本例の抑うつ状態は、必ずしも精神的負因である心理的ストレスとしての意味をなさないものと解釈された。このことを踏まえ、寛解期よりうつ病相、うつ病相より寛解期へと推移した2例のうつ病例について、3DSTによる視覚定性および定量的評価を行った。その結果、2例の3DSTは、うつ病相でのLF、HFが寛解期に比較して、低振幅であることを視覚的に容認し得た。また、定量評価では、2例の共通所見として、うつ病相のLF、HF成分が寛解期に比し有意に低値であったことに加えて、後者の活動が前者に比較して、より減弱化したことでLF/HFが1以上を示した。

【まとめ】
 ホルター心電図の心拍スペクトルトレンドを用いて、心理的ストレスに対する視覚的アプローチを試みた。その結果、抑うつ状態と寛解期との心拍変動パターンの相違を視覚的に把握できることは、3DSTが視覚的心理検査になりうることを意味している。3DSTを視覚的心理検査に用いることにより、(1)被験者の恣意的操作を除外しうる、(2)画像情報の視覚評価であるため、心理的ストレスの早期発見や早期治療が容易となる、(3)抗うつ療法の治療効果を判定する際、客観的情報源になりうるなどの臨床的有効性が期待される。

精神状態像と心拍変動との関連(第1報)
-心理的ストレスに対する画像診断の試み-
医療法人敬愛会 城山病院 精神神経科1 医療法人敬愛会 心療内科2 
熊本大学医学薬学研究部 環境保健医学講座3
藤岡 俊宏1、森 由美子2、中川 洋一3
城山病院